第8話 異世界への入り口
法蓮百物語

第8話 異世界への入り口

法蓮に在籍する某霊能者がある集まりに参加していたところ、霊能者の方がいるならばと、それぞれ自分の不思議体験を話すことになり、その中でもごく普通の中年男性が「実はまだ中学生だったころのことなんですが…」と、霊能者でもなかなか耳にしない珍しい話を始めました。

異世界への入り口

話し始めた男性は加藤さん(仮名)といい、メーカーに勤めている、霊にはまったく縁のないごく一般の男性でした。加藤さんは幼少期を地方で暮らし、不思議な体験をしたのもそこに住んでいた頃だったと言います。近所には父方の親族が多く住んでおり、時代は昭和、高度経済成長期前の雰囲気が色濃く残る街。その日、加藤さんは中学校から家に帰ると、母親に親戚の家までお使いを頼まれました。「おはぎ、沢山作っちゃったから届けてちょうだい」そう言われ、風呂敷包みを渡されました。まだ日が高く、加藤さんは面倒だけどまあいいかと、サンダルをつっかけ家を出たそうです。

親戚の家までは徒歩で30分ほど。住宅が多い地域に住んでいたので、家々の間の狭いあぜ道のようなところを通って進みます。15分ほど歩いたころでしょうか。加藤さんはあれ?と何かが気になりました。家を出てからそこまで、自分以外の人を誰も見ていないことに気付いたのです。住宅が密集している地域で、お昼も済んだ時間となれば買い物に出かける主婦や子どもたちが遊んでいてもおかしくないのに、誰にも出会わないし、よく考えれば誰の声も聞かないような気がする。不思議なこともあるものだな~と思いながら、加藤さんは親戚の家まで行き、そこで更なる異変を感じました。

「こんにちは~。××町の加藤ですが、母ちゃんから頼まれておはぎ持ってきましたー」田舎ではよくある鍵のかかっていない引き戸をあけ、家の中に声をかけます。すると中からは、「お~!こっちおいで」としわがれたおじいさんの声が聞こえ、加藤さんは言われるがまま靴を脱ぎ、居間まで足を運びました。居間では卓袱台の前に、白い肌着を着たおじいさんが座っています。この家にこんなおじいさんいたかな?と加藤さんは疑問に思いましたが、あまり親戚に詳しいわけではないので心の中に留めておきました。「あの…おばさんは?」いつもこの家に来ると出迎えてくれるおばさんのことを訊ねます。しかしおじいさんは答えてくれません。

静かな部屋に柱時計の動く音が大きくなって聞こえます。「健三は元気か?」おじいさんが突然訊ねてきました。「健三…」確か祖父がそんな名前だった気がすると、加藤さんは「はい、元気です」と答えます。「勉のことは残念だったが、剛が生まれてよかったよなあ」おじいさんはうんうんと頷きながらしゃべっていますが、加藤さんにはよくわからない話でした。剛と言うのは加藤さんのお父さんの名前ですが、勉というのが誰のことだかわかりません。

居心地が悪くなった加藤さんはそれじゃあと、おはぎを置いて親戚の家を出ました。変なじいさんだったなぁと思いながら歩き出したところで、ゾッと背筋が冷たくなりました。ここに来るときも静かだと思っていたのですが、今は静かすぎるというか、微かに風で木の葉が揺れる音が聞こえる程度で、他の音は何も聞こえてきません。怖くなり、加藤さんはとっさに駆けだしました。急いで家に戻ると、「母ちゃん!」と大声で母親を呼びます。しかし返事はなく、シーンと家の中だけではなく、周囲全体が静まり返っていました。

いっそう怖くなり、家を飛び出すと再び走り出します。いつも遊んでいる友達の家に行けば、そいつならいるんじゃないかと家に向かう道を駆けている途中、ふと、いつもは気にも留めていなかった神社が目に飛び込んできました。神社の入り口にはお狐様が二体。足を止めてその姿を見た時、背筋を冷たい汗が流れて行きました。おはぎを持ってお使いに出ただけなのに、なんでこんなことになっているのだろうと思いつつも、引き寄せられるようにして加藤さんはその神社の中へと入って行きました。鳥居をくぐる瞬間、何かがまとわりついてくるような感触が。気持ち悪い、と思いましたがそれでも奥へと足を進めます。

境内は静まり返っていました。何の音も聞こえず、いつもならその辺を掃除しているはずの神主の姿も見えませんでした。加藤さんはごくりと唾を飲み込むと、賽銭箱の上に垂れた縄を握りしめ、力いっぱい鈴を鳴らしました。

ゴロン ゴロン

しかし、その音は普段耳にしているガランガランといった響き渡るようなものではなく、まるで石を転がしているかのような、鈍い音しか聞こえてきませんでした。これはもうダメだ、キツネかタヌキに化かされたのか、とにかく自分はどこかおかしな世界に来てしまったのだと、加藤さんはついに泣き崩れました。そして顔が涙や鼻水でぐしゃぐしゃになりながらも、「神様!どうか元に戻してください!お願いします!母ちゃんに会わせてください!」と本殿に向かい土下座して頼み込みました。すると、ぐにゃりと視界が歪み、頭を強い力で殴られたような衝撃を感じたところで、加藤さんは意識を失ってしまいました。

「かずちゃん、かずちゃん!」

肩をゆすられ、加藤さんは目を覚ましました。視界に入ってきたのは、親戚のおばさん。なんでおばさんが…と思ったところで、おはぎのことを思い出しました。

「あ、おはぎ…」

「おはぎってこれ?」

おばさんがそばにあった風呂敷包みを指さしたので、加藤さんは頷きました。上体を起こして見れば、そこはおばさんの家でした。おはぎを届けに来てそのまま寝てしまったのだろうか…と思ったところで、加藤さんは神社でのことやその前のおかしかったことを思い出し、身震いをしました。あれはきっと夢だったのだろう。そう自分に言い聞かせようとしました。

「おばさん、さっきどこの人かは知らないけどじいちゃんが来てたよ」

「じいさん? どこの人か知らんの?」

「うーん、あ、あの写真の人だ」

居間の鴨居の上に飾られた写真の中に、さっき会ったおじいさんの写真があったので、やっぱり親戚の人だったのかと加藤さんは指さしました。おばさんはそちらを見ると少し黙り込み、「あれはかずちゃんが生まれるよりもずっと前に亡くなったおじいさんや。

おはぎが好きな人だったから…食べたくて出てきたんかなあ」と言って、ころころと笑いました。そしておはぎの包みを開けると、ほら、一個なくなってるわ、と言って再び笑い出しました。加藤さんも一緒になって笑おうとしましたが、そこで、父には父が生まれる前に亡くなった兄がいたという話を思い出し、まさかあの話…と引き攣った笑顔しか作れなかったそうです。

加藤さんはそのまま家に帰られたそうで、その後は何も起きず、あれは一体何だったんでしょうねと笑いながら話していましたが、霊能者の視点から見ると、加藤さんは時間と空間がねじ曲がった、我々が今いる世界とは少し異なるところへ行ってしまったようです。もうすでに亡くなっている人との邂逅や、この世界とはどこか違う空間。時々ふとした拍子にそういった場所へ迷い込む人がいるのは知っていましたが、無事に帰ってこられたようでほっとしました。なぜなら、そういった経験をした人の中には、こちらへ帰って来られなくなる人もいるからです。

今回助けを求めた神社が加藤さんの産土神社だったので、おそらくそこの神様が助けてくれたのでしょう。その力がなければ今頃どうなっていたか…。今回の話のように、人知を超えた非常事態が起きた時には、神仏の力に頼ることで助かることもあります。もちろん普段からでも、神仏はちゃんと祈れば私たちに力を貸してくださいますので、何かが起きた時には「困った時の神頼み」をぜひ試してみてください。

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