法蓮百物語

峰洋先生 第3話 後ろ向きの女

動画制作会社に勤める友人に頼まれて、いわくつきの映像を調べることになった峰洋先生。そこに映っていたのは、こちらに背を向けて立ち尽くす髪の長い女の姿でした。霊眼を開いて観察したところ、途端に悪寒が走ったそうです。果たして、その女の正体とは?

後ろ向きの女

昨年の夏、旧友から連絡があり、たまには一緒にお酒でも飲もうということになりました。彼は私の高校時代の後輩で、当時、同じ部活に入っていたことから親しくなり、卒業してからもしばらく一緒に遊んでいました。その後、2人とも多忙になり、顔を合わせることは滅多になくなっていたのですが、その日は珍しく「時間があるから会いたい」と言ってきたのです。彼の名は仮に村田君とさせていただきます。村田君は高校を出てから映像関連の専門学校に入り、その後、いくつかの職を経て、現在は映像制作のプロダクションで働いています。そこは企業の研修ビデオ、ブライダル関係、ネット動画など何でも作る会社で、彼もカメラ片手に撮影と演出に加わることもあるし、自分で映像や音声の編集までする自称「何でも屋」です。

当日は新宿の飲み屋さんで再会しました。最初はお互いの近況について語り合ったり、彼が私の仕事の話を興味深く聞いていたりしたのですが、そのうちにふと「ねえ、▲▲さん(私の本名)、この後、ちょっと時間ありますか?」と訊ねてきました。その日、私は終日オフでした。村田君とは徹底的に飲み明かそうと思っていたので、「いいよ、今度はどこで飲み直す?」と答えました。すると彼は顔色を曇らせて首を横に振り、「じつはちょっと僕の仕事場に来て欲しいんですが……」と窺うように誘ってきたのです。

普段、私は鑑定の仕事以外では、霊眼を閉じて生活しています。自分の意思にかかわらず勝手に何でも見えてしまう状態はいろいろと不便ですし、無駄に疲労してしまうからです。従ってこの時も、村田君の心を読むということはあえてしませんでした。本人への断りもなくその頭の中を透視するということはある意味、プライバシーの侵害ですし、こんな言い方をすると語弊があるかもしれませんが、「彼は今、私の特殊能力の助けを必要としているようだけれど、それは一体どんなことなのだろうか」と少しワクワクもしていたのです。しかしその遊び心の好奇心は、その後、一瞬にして緊張感へと変わりました。

タクシーを飛ばして彼が勤めるスタジオに着いたのは、夜の11時過ぎたったでしょうか。社屋ビルの中に入ると、まだ大勢の人が働いていました。「みんな、働き者だなぁ」と冗談めかして言うと、「定時に帰ると、他の社員から白い目で見られますからね。それで残業の競い合いってわけです。これぞブラック会社ですよ」と自嘲気味に返してきました。そんな村田君に伴われて、廊下の一番奥にある編集室のひとつに入りました。そこにはモニターを睨みながら作業をしている彼の部下らしき若者がいて、村田君が声を掛けるとこちらへ会釈してきました。

「今、忙しい?」
「いや、ちょうど終わったところっす。今日、休みじゃなかったんすか?」
「そうなんだけどさ、例のアレ、この先生にちょっと見てもらおうと思ってさ」
「えっ、先生?それって霊能者とか?」
若い男性は驚いた顔で私を見つめ、やがて神妙な顔で記録ディスクが詰まった箱を持ち出してきました。

「これなんですが、この先、24分30秒過ぎのところ」
彼がモニターに映し出した映像は、結婚式場内の無人のチャペルを俯瞰撮影したものでした。言われた秒数に差し掛かると画面にノイズが走り、すぐにまた元に戻ったのですが、私はその数秒の空白の間に彼が見せたいと言っていた存在をしっかりと見い出していました。

「分かりました?」
「うん、すぐ分かった。まあ、何というか、ちょっとまずいやつみたいだけど、村田君が気にする必要はないよ。もし気味悪かったら、こっちで預かって供養してあげる」 「いや、これだけなら、わざわざ先輩にご足労は願いませんよ」
そう言いながら彼は、次々とディスクやテープを差し替え、私にいくつもの映像を見せてきました。企業研修のマニュアルビデオ、映像素材として扱う町中の雑踏、どこかの観光地のPRビデオと、それぞれの内容は全く違うものでしたが、ひとつだけ共通点がありました。どの映像にも1人の女の姿が映っていたのです。その女は、決まって直立した後ろ姿。腰へかかるほど髪が長く、薄い青系のワンピースを着ていました。それが唐突に画面に映り込み、数秒後にフッと消えるのです。

「念のために言うと、撮影時には何の問題もないんです。もちろん、撮影場所にこんな女はいません。でも、スタジオに戻って編集作業に入ると……」
「いつの間にか映り込んでる?」
「そうなんです」
村田君は神妙な顔で頷きました。この不可解な現象が起き始めたのは3ヶ月近く前くらいからだそうで、出現部分を編集で切り取っているので目下の業務に支障はないものの、ここまで執拗に反復しているというのは、やはり気味が悪いと……。

「この業界、映らないはずのモノが映るっていうのは日常茶飯事ですからね。こんなのひとつやふたつじゃ、僕も驚きません。けれど、さすがにここまでくると、向こうさんに何か言いたいことがあるんじゃないか、と思いまして」
私は一連の映像を霊視しながら、彼にどこまで説明すれば良いのかと迷いました。女の見た目はおぼろげで弱々しい感じなのですが、実際には凄まじく強烈な怨念霊でした。恐らく1年以内に誰かを恨みながら自殺しているのですが、海に身を投げたか、人が足を踏み入れない山奥で首を吊ったのか、未だに死体が発見されていないということも分かりました。供養しようにもこちらの意念は思うように届かず、それでいて向こうの恨みの念だけはひしひしと伝わってくるのです。私は腕を組み、この件にどう対処したら良いのかと悩みました。するとその時、急に廊下の方からけたたましい笑い声が響いてきたのです。

慌てて室外へ出た村田君の後を追うと、スタッフと思しき茶髪の男性が目を血走らせて廊下を走り抜けて行くのが見えました。口から泡を吹き、野太い声で狂笑していました。
「おい、××どうした!」
男性は村田君の呼びかけを無視して、近くにいた他のスタッフ達を突き飛ばすと、瞬く間にビルの外へ飛び出してしまったのです。私は呆気にとられてたたずむ村田君の耳元へ囁きました。
「これでもう、女は映り込まないと思う」
「どうしてですか?」
「今の男の人と一緒に出て行ったから」

その時、私の霊眼には、男性の背中にしがみつく青いワンピースの女が映っていました。いや正確には、その背中に埋没しかけていた、というべきでしょうか。すでに全身の前半分が男性と一体化し、相変わらずその顔は見えませんでした。つまり私は偶然にも、女の霊がその恨む相手に完全憑依する瞬間を目撃していたわけです。 その後、村田君から例の茶髪の男性があの晩以降、無断欠勤を続けていると聞きました。

「今、本人が行方不明になっているとかで、家族や警察から問い合わせがあったんですが……。ぶっちゃけた話、あいつ、まだ生きているんですかね?」
「たぶん、あの人、女が自殺した場所にいるよ。ゲラゲラ笑いながら、そこの土や草を掘って食べてる。このまま生きて見つかったとしても、もう正気には戻らないと思う。それから、あの人が女からどんな恨みを買っていたのかはもう聞かないでね。そのことについて霊視すると、血みどろに穢れた邪気がこっちまで来るから」私が電話口でそう言うと、村田君は慄える声で「分かりました」と答えました。

上部に
戻る